俳優?

2008年3月
テレビで新しいドラマシリーズが始まる日やスペシャルドラマが放映される日、あるいは劇場映画公開日になると、出演する俳優、タレントの方々が朝やお昼のテレビで情報バラエティー番組などに顔を出し、役作りや撮影時の苦労話を披露したり、見所を自分たちで紹介したりする。
正直、非常に不自然に思える。  これからドラマを見ようというのに(私はあまり見ない方だが)、そんなに事前に本人たちが露出したんじゃ、本チャンの登場人物にリアリティがなくなる。 感情移入が出来ない。
対談番組などに俳優、役者が出てくるのが興味深いのは、いつも映画やドラマ、舞台でいろいろな役を演じている人が、そうした中では見せない普段の会話や素顔を見せるから。
しかし、それが逆のパターンが多い。 普段、バラエティーやクイズ番組などにバンバン出て、バカ言ったり、ぶっちゃけ話などをふんだんに披露し、有り余る露出の後、「今度はドラマで役者みたいな事もしちゃったりしました〜」みたいなノリで、テレビやスクリーンにひょっこり顔を出す。  小学生の頃、お正月に楽しんでいた、「オールスターかくし芸大会」のようで、 「普段あんな人だけど、こんな特技、演技も出来るんだ? この人、器用ねえ」って感想になる。 あれ!? これじゃ、自分の子供のおゆうぎ会を見るのと変らない (笑) 最近、日本でもハリウッドばりにタレントにレッドカーペットを歩かせるが、これも本場が醸し出す貴重さ、華やかさに比べれば、全然違う。(むしろ小恥ずかしいからやめたらいいんじゃないかとも思う)
 
ミュージカルなどの舞台演劇で、始まる前に役者たちがロビーで観客たちと談笑していて、本番直前になったら、「じゃ、俺、舞台上がって演じてくるよっ」と去って行ったら・・・やっぱりそりゃ、終わった後でやることでしょう (K)

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インディ4 !!

2008年3月
ついに来ました、インディ・ジョーンズ最新作。
サブタイトルは「クリスタル・スカルの王国」だそうです。
劇場ではまだ観てませんが、OFFICIAL SITE では既に予告篇が観れます。
インディ・ジョーンズと言えば、私が中学生時代からの憧れのヒーロー。
前3作とも劇場で観ましたが、「あんな風に冒険が出来たら!」と、いつも思っていました。
あのテーマ音楽のマーチを聞くと、もう血が騒ぐのです。(多分多くの方がそうでしょう)
アメリカは5月22日、日本では6月21日から公開。  (K)

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寅さんの記録

2007年1月
正月と言えば「男はつらいよ」=寅さん。 かつてはそうでした。
「男はつらいよ」が世界一長い映画シリーズとしてギネスブックに載っているということは、多くの方がご存知でしょう。 1969年の第1作から1995年の「寅次郎紅の花」まで全48作。 お盆と正月、ほぼ年に2本のペースで作られてきたのだから、今後この記録を塗り替える映画はまず出てこないでしょう。
仲間とこの話をしていた際、「世界一が寅さんなら2番目に長いのは何だ?」ってことになって、みな悩んだ。 思い浮かぶ限りでは、やはり007シリーズだろうか?
同一主演俳優という事だとちょっと違うのだけど・・・
ちなみに調べてみたら、007シリーズが始まったのは1962年で、69年からスタートした寅さんが作品数を追い越したのは71年の第8作「寅次郎恋歌」でした。
どなたか映画最長シリーズ第2位をご存知の方おられたら、ぜひ教えて欲しいものです。(K)

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テレビに思うこと 3

毎年、お正月やお盆になると、里帰りラッシュの風景が日本中で見られ、テレビのニュースでも駅や空港でのお決まりの取材、インタビューシーンが流される。
空席待ちの長い列や大きなカバン、お土産の袋をかかえた人々、子連れで大変そうな親などなど。
「どうでしたか?」「どこ行きましたか?」「楽しかった」「疲れました」・・・毎シーズン、毎年同じ事が繰り返される恒例の報道。 大晦日の「ゆく年くる年」と同じくらい何年でも使い回せそうな報道です。

ところで、ある時ふと思ったのが、この帰省のシーン、盆正月に人々が戻ってくる姿が紹介されるのか、戻って行く姿が紹介されるのか、地域や局によってどのくらい違うのだろう? ということ。
NHKの全国版や民放キー局は東京駅、羽田空港を中心に取材しているので、当然休みの始めに人が出て行き、終わり頃に戻って来る様子を紹介する。 
反対に日本一の田舎で、私の郷里でもある島根県(島根の方、すみません)のローカルニュースでは、当然全く逆の風景が流れるわけです。 
で、日本国内ではトータル的に非常に「並みで平均的」と位置づけられている私の住む広島ではと言うと、やはり島根と同じなのです。 東京、大阪から帰省してくる会社員家族や学生も多いでしょうが、広島より「田舎」の郷里へ帰って行く人や、逆に東京、大阪へ帰る単身赴任のお父さん方も結構いるのではないかと思うんですがね。
休み中に出て行く人数と入って来る人数の大小、休み中にその町の人口が増えるのか減るのか等、統計があってのことなのかよく分かりません。 東京のような風景を映すのは東京だけなのか、大阪もそうなのか、どのくらいの都市辺りが「出て行く/戻って来る」シーンが区分けされるのか、一度調べてみたいものです。
まあ調べると言っても、大阪がどっちのタイプか? くらいの話になるのかとは思いますが・・・
これを読んだ「微妙な地域」にお住まいの方、情報を頂ければと思います。

夫婦それぞれの郷里が東京と島根で住居が広島という極端な我が家からすると、結構そんなテレビニュースの映像に違和感を感じたりするわけです。         (K)
 

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テレビに思うこと 2

テレビのBGM、特に報道番組、報道バラエティーもののBGMが気になっている。
と、意識させられ始めたのは、約6年前にカナダ人の友人がウチで一緒にテレビを見ながら言った言葉からだった。
番組は確かイラク情勢を扱ったものだったように思うが、矢継ぎ早に映し出される画面はフセイン大統領やアメリカ・イラク両陣営の兵士や武器の映像がピュンピュン飛んできたり、「○○VS△△!!」みたいな構成で間で炎が燃え盛っていたり、そしてBGMは何かの映画のサントラを使ったおどろおどろしい音楽が流れていたりしていた。
そしてその知人が「何これ! こんなシリアスな題材放映してるのに、遊び感覚、ゲーム感覚みたいじゃないか」と失笑して言った。 
慣れ親しんでしまっていたからか、そう言われてみるまでさして違和感も感じていなかったが、なるほどこりゃおかしい、不謹慎だ、いや腹立たしくさえ思えてきたぞ・・・ってな感じで、その後急に報道系、一応まじめな物やってるよ系番組については、気にかかるようになってきた。
そうした目、耳で見ると、結構こんな番組は多い。 NHKの定時のニュース以外はたいていBGMもついている。
報道が中立であるべきかどうかは番組によっても違うと思うが、視聴者の感情を誘導しているのは確かだ。
映画やドラマと作意は同じようなものだと感じる。
日曜朝のコメンテーターを並べた週報番組でも、最後のまとめのひと言あたりの時間帯になると決まってエンヤの音楽が流れてくる。  これエンヤの音楽の力なんでしょう。 コメント中身よく聞いていないと、言葉と音楽とがセットで非常に「正論」っぽく耳に馴染むのだ(笑)。  いつかウチの会社の会議ででも使ってみたい手だ。
こういう事に注意する為にも、できるだけBGMを無視して、できればBGMだけ消して見てみたいものです。
結構いい加減なものが露呈されてくるかもしれません。                        (K)

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特撮映画

映画が好きで、今でも年に月1本くらいのペースでは劇場に足を運んでますが、そもそも映画にのめり込んだキッカケが、私の場合はいわゆる「特撮映画」だったのです。
小学生の頃は、まだ「ドラえもん」などのマンガ映画ひと筋で、夢も漫画家、アニメーターになることでした。
それが一転したのが小6の冬に観に行った、ご存知スピルバーグの「E.T.」。 翌日から将来の夢も映画監督、特撮監督に変更。 大学へ行くまでこの夢はひっぱりました。
80年代は特にアメリカの特殊効果=Special Efects(SFX)映画全盛期(?)で、むさぼるように映画を観て、CinefexだのStarLogだのといったマニアックな雑誌も読みあさっていました。
この頃以降、それを前面に出す出さないは別としても、「特撮の使われない映画は無い」といっても過言ではない程、どんな映画にも当たり前に使われるようになった撮影技法になったのではないかと思います。 
現在特撮だとかSFXといった言葉は死語に近くなっているのは、その殆どをコンピューター処理した、いわゆるCGによって表現し始めたからなのでしょう。  もう、画面に作り出せない世界は無いとも言える程、どんな場面だって違和感なく作り出せてしまえるのだからスゴイ。
しかし、なんだかこのCGによって作られた映画、シーンは特撮ファン心をくすぐらない。
請け負ったCGマンの技量にも感心はするが、やはりそれはパソコンソフトの力でしょ、と思ってしまうのです。
(ほんとは、もっと深い探求心、ソフトの改良、もちろんアーティストのイマジネーションがあってのことだとは思いますが)
特撮やSFXと呼ばれていた頃には、まだまだ画面やバックステージにスタッフの「チャレンジ精神」が見られてて興味をそそったのだと思う。
「どうやってピアノ線をみえにくくしようか?」「ミニチュアがリアルに見えるにはどれだけのコマ数で撮影したら良いか?」「異様な雲の動きを表すのに水槽にたらした絵の具の拡散の様を使おう」などなど、「どうやってこのシーン作ったんだろう?」という疑問に対する裏舞台の解説も同じくらい面白いと思えた。
今なら「どうせCGでしょ」で納得し、その答えもたいていそれに近いものだと察する。
「嗚呼、懐かしきアナログ特撮映画!」ってことで、今回は少しマニアックなお話でした。      (K)

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テレビに思うこと①

「近頃の・・・」と言うと野暮ったい言い方になるのだが、今テレビをつけると、特に「バラエティ」と呼ばれる番組では1つの番組、1つの画面内に、とにかく「タレント」なる面々が「これでもか」と言わんばかりに大勢出演している。 この手法は「風雲たけし城」辺りが発端と聞いたこともあるが、今の状況はいささか見るに忍びない・・・と感じているのは僕だけでしょうかねえ?
多くのタレントには特に芸も無く、人に対し茶々を入れたり揚げ足を取る発言(いわゆるツッコミ)をすることでしか笑いをとり、存在をアピールすることが出来ない。 しまいには誰が何言ってるのかよくわからないもんだから、外国映画並みに字幕付けなきゃいけなくなってるし。
花盛りの「お笑い」さんたちにしても、言ってること、していることといった所謂ネタよりも、雰囲気、空気、妙な間といったイメージを売りにしている感じがしてならない。 そして少し売れ始めると本業はそこそこにして上述の「おしゃべり席」へと列席する人たちが何と多いことか。

裏方のスタッフをいじって笑いをとる(これは、とんねるず辺りからでしょかね?)のも、ほんと苦し紛れのネタだなぁと思う。
そーんな人たちががん首並べておしゃべりしてるのを見せられても、面白いというより何だかみんな不憫(ふびん)に見えて仕方ない。 若手、大スター問わず、みんな痛々しく見えてしまう。
よその飲み会を傍から眺めている感じのバラエティ番組、そろそろ減ってもらってもいいです。                            (K)

 

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