1993年2月10~2月22日
高校の時の同級生Sと二人で出かけた卒業旅行。 「社会人になったら長期休暇は取りにくい。じゃ時間を要する旅を今のうちに」と思いたったのがシベリア鉄道旅行。 今回は一週間かかる完走ルート(ウラジオストック~モスクワ)は断念、イルクーツクから途中乗車からのスタート。 イルクーツクでは街とバイカル湖を観光。 市場で毛皮の帽子と列車で食べる食料品を調達。 パン、ソーセージ、クッキーで1400ルーブル約280円はやはり安い。
列車の旅はモスクワまで3泊4日。と言っても標準時間を3、4個持つ広大な国を地球の自転と逆方向に向かって走るので、実際はもう少し長かったはずだ。 列車は日本の寝台車とほぼ同じつくりで4人コンパートメント。ただし、これは海外旅行者と比較的裕福な人の乗る車両で、他に通路にも大勢人が座り込むような一般車両もある。
とにかく旅が長いものだから相席になる人がころころ変わる。最初はアリョーシャという8歳の男の子とそのおばさん。 言葉は全く通じないが、Sが持参してきた折り紙やカラテごっこで仲良くなる。 次は真夜中に乗車してきて無理やりやりコーヒーを付き合わされた医学生3人。 本人たちは寝ずに翌朝早朝下車したらしい。 その後もサマルカンドからのおじさん、グルジア人のじいさんなど入れ替わり立ち替わりやって来たが、一番印象に残っているのがアルベルト。 行商人らしく、とにかく日本の物価に興味があり、「これは日本ではいくらする?」の連発。 電気製品から衣料品、車、毛皮品などなど。 一瞬ヒヤッとしたのは、彼がコンパ^トメントの戸を閉めてキツネやテンの毛皮をかばんからだ出しててきて「買わないか?」と詰め寄ってきた時。 「黒テンの毛皮が日本でいくらかなんて知らないよ!」
彼には多少警戒心を抱きながらも、似顔絵描いてもらったり、朝一からウォッカご馳走になったらり、まあ仲良く旅を楽しんだ。
それにしても車窓からの風景は一面白い雪景色。 いいかげん飽きてきた。
モスクワ到着と同時に疲れと寒さから風邪をひき、初日はホテルで寝ていた。翌日時間を取り戻すべく赤の広場、クレムリン、レーニン廟,、聖ワシリー寺院と精力的にまわり、その日の晩には夜行列車で古都サンクトペテルスブルクへ。 モスクワが東京ならこちらは京都といった趣き。街の雰囲気も何となく落ち着いている。 入場料約40円のエルミタージュ美術館には2回訪れたが、それでも見きれないほど広い。 美術品の素晴らしさもさることながら、建物そのものが巨大な美術品みたいなもの。 大きなシャンデリアやどこまでも続く廊下、重厚な扉、美しい天井画等々、見惚れているうちに迷子になりそうだった。もうひとつ感動したのが、エルミタージュ近くにある聖イサク寺院の天井画。これもいつまで見ていても飽きないほどの荘厳さ。 お陰で首が痛くなった。
その他にも映画、バレイ「白鳥の湖」を観て、再度モスクワに戻ってからは本場ボリショイサーカスにも行き、アミューズメント面も堪能できた。
旧ソ連からロシアに変わり、まだまだ混沌とした国。 グラスノスチ(情報公開)とか言いながらも、発行されたばかりの新紙幣を支払い時にさし出すと「何これ?」って顔してスカシを確認する人がいっぱい。 ほんとに困ったものだ。
でもやっぱり馴染みが薄く、入ってくる情報の少ない国こそ、その国に行って自分の目で見聞きし、一般人と交流してみることが大切だなあとつくづく感じた旅だった。 (K)